孤独のカートのロクだよ。記事の作成にはAIも使ってる。
俺、19歳からアパレルやってたんだよ。
7年半。デニムの洗いの違いとか、シルエットの話とか、ブランドのバックボーンとか、普通に語れた。DJもやってたから、服には人一倍うるさかった時期がある。
でね、建設業に転職して15年経ったら、気づいたらどこにでもいるおっさんになってた。
何が起きたのか
現場の仕事ってさ、服に気を使う余白がないんだよ。どうせ汚れる。どうせ濡れる。「動きやすければいい」が全てになっていく。
最初は「仕事着だから」って言い訳できてた。でもいつの間にか、プライベートの服まで「まあこれでいいか」になってた。
目が肥えてたりする自分が、気づいたらワークマンのカーゴパンツに何の感情もないTシャツで街を歩いてた。「俺こんなんだったっけ」ってなった瞬間あったよ、鏡の前で。
「おっさんだから」は逃げだと思った
「もうおっさんだし」「年齢的に派手なのは無理」「似合わない」——そういう言葉、自分でも言ってた。
でもこれ、全部逃げなんだよ。
アパレルやってたときに接客して一番わかったのは、「似合う服がないんじゃなくて、自分に合う服を探してない」んだってこと。年齢は関係ない。50でも60でも、ちゃんと選べばちゃんと見える。
取り戻しにかかった
派手なことをするつもりはない。ただ、「どこにでもいるおっさん」から脱したかった。
やったことはシンプルで、「シルエット」だけを意識して服を選び直した。アパレルやってたときの知識が「まだ使えた」んだよな。体型が変わっても、シルエットで整えれば見え方は変わる。
細身すぎず、野暮ったくならない。そのラインを探すだけで、全然違う。
服に金をかけることへの言い訳をやめた
正直、「服に金使うのは贅沢」って思ってた時期もある。借金もあるし。でもそれって優先順位の話で、「見た目への投資」をゼロにするのは別の意味でコストがかかるんだよ。
第一印象は服で決まる部分がある。これはアパレル時代に嫌というほど見てきた。どんな場面でも、見た目が整ってる人は扱われ方が違う。
50手前で新しいことを始めようとしてる俺が、「どこにでもいるおっさん」のまま動いても、誰にも刺さらない。
結論
アパレルで7年働いた知識は消えてなかった。使わなかっただけで。
「似合わない」「もうおっさんだし」って言ってる間は何も変わらない。まず1着、シルエットを意識して選んでみれば、「あ、全然違う」ってなると思うよ。
俺がそうだったから。
まぁそんな感じで、これからもよろしく頼むね。


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